──特定行政書士研修を通じて感じたこと
行政書士、社会保険労務士として登録を終え、今度は特定行政書士の資格取得を目指している。その法定研修18講を通して実感したのは、「合格」は終点ではなく実務のための入口にすぎないという、ごく当たり前で、しかし重たい事実だ。制度は条文の中だけで完結せず、現場で呼吸し、判断され、説明される。この「現場への翻訳」を可能にするのは、学び続ける姿勢しかない。
法体系がつながる瞬間
研修では、行政手続法の聴聞・弁明から行政不服審査法の審理手続、そして行政事件訴訟法の裁量審査へと、点が線になり面になる道筋が見えた。さらに「要件事実」を学ぶと、主張立証の骨格が見え、書面が“伝わる言葉”に変わる。これは試験対策というより、行政と依頼人の間で誤解を減らすための実務の装置だと感じた。
社会保険労務士の視点と重なり合う学び
ここに、私のもう一つの肩書——社会保険労務士が重なる。労務の世界では、就業規則一つとっても、規定は“置けばよい”のではなく、運用され、説明され、納得される必要がある。懲戒、ハラスメント、副業兼業、高年齢雇用、外国人雇用といったテーマは、法令・通達・裁判例・ガイドラインが複層的に絡む。行政書士の「手続の構造化」と社労士の「運用の構造化」が噛み合うと、とたんに仕事は前へ進む。
外国人雇用は二つの資格が交差する現場
たとえば外国人雇用。入管法の在留資格の要件整理(行政書士)と、労働条件通知・社会保険・36協定等の適正化(社労士)は車の両輪だ。採用の入口で在留資格の類型を見極め、就労内容と労働条件を適法に設計し、トラブル時には事実認定の筋道を立てて説明する。ここで要件事実の思考法が、労務の現場で説明責任の地図として効いてくる。結果、関係者の不安は減り、手続は速やかになり、企業も本人も前に進める。学びは、確かに役に立つのだ。
倫理と品質──“見えない信頼”を支える力
もう一つ、現場で強く感じるのは倫理の重さだ。手続を早めるために守秘や適正な事実認定を軽んじれば、短期的に得をしても長期的には信用を失う。社労士の個人情報保護や安全管理、行政書士の職責と利益相反の回避は、いわば見えない品質保証である。品質が見えるのは、いざという時。だからこそ、平時の学びと仕組み作りが効いてくる。
大学院での研究へ──学びを理論へ昇華する
そして今、私はこの学びをさらに深めるため、大学院への進学を申し込んだ。研究テーマは、労働コンプライアンスと人材多様化──懲戒制度の変化や偽装請負の問題など、実務と学問の交差点にある課題だ。銀行時代に培った法的思考と実務経験を、士業としての実践と理論の往復運動で再構築したい。現場で抱く「なぜ?」を理論で検証し、再び現場に還す。その循環こそが、私にとっての生涯学習の形である。
勉強こそ実務の一部
「そんなに勉強して、いつ実務をするの?」と尋ねられることがある。私の答えは決まっている。勉強こそ実務の一部だと。最新の法改正、通達、判例、AIやDXの動向を追わなければ、助言はすぐ古くなる。昨日の正解は、今日のベター、明日のリスクになり得る。だから私は、学びの手を止めない。止めない代わりに、現場で使える言葉に変えてアウトプットする。就業規則の条文一つ、申請書の記載一つ、説明用スライド一枚。小さな成果でも、依頼人の安心に直結する。
資格の先の実務、研究の先の実務へ
研修修了証の枚数は、たしかに増えた。けれど胸に残ったのは、講師のこの一言である——
「士業は、市民と制度の“翻訳者”だ。」
行政書士として制度の筋道を整え、社労士として職場の運用を整える。二つの視点を行き来しながら、依頼人の時間と不安を削っていく。資格はスタートライン。学び続ける意思こそが、依頼人にとっての安心であり、私自身の職業的な誇りでもある。
秋の光は派手ではないが、確かに遠くを照らす。私の勉強も、そんな光でありたい。今日も一章、明日も一講。資格の先の実務、そして研究の先の実務を歩むために、静かにページをめくっていく。

